• 施工管理

  • 事業推進部

  • 大嶋 秀明

  • 1990年入社 / 土木建設科卒

※インタビュー内容、役職、所属は取材当時(2018年)のものです。

高校生活が終盤を迎え、進路について考え始めた頃、母が通っていたという学校について話を聞きました。調べてみると土木や建築について学ぶことができる学校で、そういう選択肢もあるのかと興味を持ち、将来につながる実践的な知識や技術を身につけたいと考えて進学を決めました。その学校の近くには「音無橋」という石神井川に架かる3連アーチ橋がありました。モダンなつくりの橋でしたが、とにかく古くて汚いという印象が強かったことを覚えています。それから数カ月が過ぎた頃、「音無橋」は工事バリケードで覆われて立ち入り禁止となっていました。工事がはじまったんだなとは思いましたが、それ以上の期待や関心を持つことはありませんでした。その後、卒業研究でRC構造の設計作図を手がけるようになった頃から、橋への関心が徐々に膨らんでいきました。当時は、多くの橋梁建設プロジェクトが完成の時期を迎え、新聞やテレビのニュースで報じられるなど話題性も高かったため、自然と興味を持つようになっていったのです。そしてふと、「あの音無橋は今どうなっているのだろう」と思い見に行ってみました。すると以前の印象とは全く異なる、見違えるほどに美しい橋がそこにあったのです。そして、その補修工事を手がけていたのが、川田建設でした。ゼネコンに行けばさまざまなプロジェクトに携わることができると聞いていましたが、むしろ橋と向き合い、じっくりと腰を落ち着けて仕事がしたいと考え、川田建設で働くことを選びました。

新東名高速道路 秋山高架橋(PC上部工)工事の所長として、現場全体のマネジメントを担当しています。この現場は、1日の総労働者数が約260人に及ぶビッグプロジェクトであり、当社を含めた3社によるJV(共同企業体)が現場の施工にあたっています。着工当初は、それぞれ独自の企業文化を持つ3社をどのように連携させていくのか、橋脚ごとに時間差で並行して動いていく作業工程をどのようにつなげていくのかなど、大規模なプロジェクトであるがゆえの課題を抱えながらのスタートでした。また、この案件では詳細設計をこちらで行う必要がありました。そのため、入札時に支給される基本設計がすべてではなく、状況に応じて基本設計を詳細設計で見直し、現場における作業手順を考えながら、より安全で、作業効率の高い施工計画を組み立てる必要がありました。私自身のこれまでの経験やノウハウを駆使して独自のアイデアをひねり出す。こうして現場の状況に合わせた施工方針を判断し、それを現場全体に行き届かせることが、現場を指揮する上で最も大切なことであり、やりがいでもあります。また、他にやりがいを感じるのは、この現場を担う若い人材が、それぞれの課題を乗り越えながら成長する姿を見られる時。この大規模なプロジェクトに携わりやり遂げた経験を、次の現場で生かして、さらに成長していってもらいたいと考えています。

  • 1990年3月

  • 工事部

  • 2000年4月

  • 工事部 工務課 主任

  • 2004年4月

  • 東京支店 埼玉営業所 係長

  • 2004年11月

  • 東京支店 埼玉営業所 所長

  • 2006年7月

  • 工事部 工事課 係長

  • 2011年4月

  • 事業推進部 工事課 工事長

  • 2014年4月

  • 事業推進部 工事課 総括工事長

  • 2017年4月

  • 事業推進部 次長

入社して最初に配属された工務課では、さまざまな橋梁形式の施工計画や積算業務を担当し、数多くの現場をサポートしました。現場の動きをイメージしながら、工程全体を計画していた経験が、その後の私自身を支える土台になっていると感じています。また、営業部で身につけた交渉術も、現在の所長業務に生かされています。また、工事部では、それまで社内の誰もが経験したことのない工事を担当してきました。八ッ場ダムの2号橋では、急遽、下部工の施工も含めて担当することになり、大口径深礎杭の施工を経験しました。その経験が、新たな受注につながり、上下部一式の、まさに橋づくりのすべてを担う工事経験を次々と重ねてきました。

そして現在も、1日の労働者数260人という規模の現場を任せてもらっています。経験がないという理由で諦めるのではなく、経験のある方々から情報を仕入れて、チャレンジしてきたことが、私自身の道を開くことにつながっていったのではないかと感じています。こうして夢中になっていると、以前はついつい遅くまで仕事に没頭することも多々ありましたが、現在は、休日は家族と過ごす日と決めて、仕事を後回しにするのではなく、やるべきことを時間内にしっかりとやりきることを心がけています。

いまお客様と話していて感じるのは、私が数多く経験してきた橋梁の新設に対する要望よりも、これまで利用してきた橋の補修や維持管理に力を注ぎ、長寿命化したいという要望が増えているということです。お客様が抱える課題やニーズに対して、最適なソリューションを提供するというのが、橋のプロフェッショナルとしてあるべき姿であると考えているため、今後は、自分でも橋梁の更新や保全に関わる業務にも積極的にチャレンジしていきたいと考えています。

そして10年後には、新設工事だけでなく保全や更新事業含め、総合的な橋梁のスペシャリストになった上で、若手の教育をしていきたいと考えています。下部工にはじめての挑戦をした時のように、新しい分野でも、自らのアイデアをかたちにしたり、それまで経験してこなかったことを実現に導くことは可能であると考えています。

秋山高架橋の現場所長だった当時から8年経ち、この間に工事部次長、工事部担当部長と段階的な昇格を経て、求められる役割や責任は大きく変化しました。個別現場の管理から組織全体を統括する立場へと変わり、工事部長として年度当初の方針策定をはじめ、各現場の管理や指導、要員の調整、または発注者対応などを担い、支店全体を統括しています。常に仕事の状況を俯瞰しながら、施工時の不具合の防止や利益の確保、そして各現場の完工の達成を担っています。
秋山高架橋の現場は、埋蔵文化財調査の影響によって下部工が遅延し、大幅な工程調整が求められました。その際、完成の早い橋脚から着手できるよう設計や工程の計画を見直すなど、工程促進策を主体的に検討して提案。

困難な条件下でも、その場の状況や変化に合わせて対応できた経験は、制約のある応札案件や受注した物件などに活かされ、実務を通じた成長を実感しています。これまでの経験を活かし、支店全体の成果向上に努めていきます。
建設現場には、大きなやりがいや達成感があります。その魅力を若手社員にも体感してもらい、現場で成長する喜びを実感してもらうことが、今の目標です。若手が前向きに挑戦できる環境を整え、人材育成を通じて建設業全体の裾野を広げ、会社に一層の活気をもたらすことを目指しています。

-column-

これが私のこだわり

私の足元を支えてくれる安全靴は、スポーツシューズメーカーのものです。所長として、現場全体の動きを把握するために、現場に出向くことを大切にしています。そのため安全靴にはこだわりがあり、昔から様々なタイプを試してきました。長靴タイプは足元がビシッとしない、マジックテープで留めるタイプを好んで履いていた時期もありましたがテープが劣化してしまう。この編み上げた安全靴は、サイドにチャックがついていて脱ぎやすく、ゴムのソールがやわらかく軽いので、とても気に入っています。